〜全7話で綴る、私が私になるまで〜 パート3 中学校の頃

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みぽりん物語
〜全7話で綴る、私が私になるまで〜

パート3 中学校の頃 ひとりで背負った、最後の1点🏐

中学に上がって、私は本格的にバレーを始めました🏐

小学校の頃は、お山の大将で。

最強ボディの女王様で。

一人で無敵だと思ってた、あの私が。

初めて、「チームで勝つ世界」に飛び込んだんです✨


入ってすぐ、ちょっとした事件がありました。

下級生の中で、私ひとりだけ。

先輩たちの中に入って、コートに立つことになったんです👑

実力で引き上げてもらえた。

普通なら、すごく誇らしいことだよね🌸

でもね。

そんなに甘くなかった。


ある日、監督に言われました。

「お前がコートに立つことで、先輩たちがどう思うかわかるか?」

って。

本来そこに立つはずだった先輩が、ひとり外れる。

その意味を、わかってるのか、と💭


でも正直に言うね。

その時の私の本心。

実力は、先輩たちより自分の方が上だっていう自負があったから。

「そう思う」って言われても……

負け犬の遠吠えでしょうよ。

って、心の中では思ってたんです😅

ひどいよね。笑

でも口では「悔しいと思います」とか言って、

うまくやり過ごしてた。

そういう子でした。


しかもね、私。

なぜか先生に対する反抗心が、すごく強くて😤

スカートをわざと短くして。

先生に「お前は部活に来なくていい!」って怒られたり。

今思うと、なんでそんなことしてたんだろうって感じなんだけど🤣

とにかく、態度も、見た目も、全部が”強かった”んだと思う。


で、ある日。

監督から、こう言われたんです。

「お前は、いじめをしている」と。

……え?って思った。

だって私には

誰かをいじめてる意識なんて、

1ミリもなかったから。

でも、体罰として

部活中ひとりで永遠と

校庭を走らされて💦

本当に、何が起きてるのか分からなかった。


でもね。

ここからが、私の中で大きく変わったところ。

自分ではそんなつもりが全然ないのに、

私の強さは、誰かを傷つけてるのかもしれない。

その自覚がないことが、いちばん怖くて。

私は、人と関わると、人を傷つけてしまうんだ。

そう思ったの🥲


だから私、決めたんです。

部活の人たち以外とは、

自分から積極的に関わるのを、やめようって。

無意識に、人を傷つけてしまうくらいなら

関わらない方がいい、って思ったんだよね。


そうすると、どうなったと思う?

暇なんです。笑

人と関わらないから、時間がすごく余って😅

その余った時間で、

私、何をしてたかというと・・・

給食の配膳台を片付けたり。

みんながやりたくないことを、

率先してやるようになったの🌸


でもこれね、誤解しないでほしいんだけど。

「誰かに良く思われたいから」じゃないの。

人と関わると傷つけちゃうから、関わる時間がなくなって。

チョー暇だったからなの。

せめて、誰かの役に立てるなら、って。

「何か仕事ないかな」って、常に探してた感じ!笑


そしたら、不思議なことが起きて。

自分の中で、

「あ、私、徳を積んでるなぁ」みたいな。

そういう感覚が、芽生えたというか、知ったというか💭

先生からも、

「お前、変わったなぁ」って言われるようになったの。


人の役に立ててることは、すごく嬉しかった。

嬉しかったんだよ、ほんとに。

でもね。

そもそもの始まりが、

私はいじめてる意識なんて全くなかったところからだったから。

ふと、気づいてしまったんです。

「自分じゃない自分を演じると、褒められるんだ」って🥲


良い人。

良い人間。

協調性のある人間。

そういう括りにされて、

褒められて、成長してると思われて。

じゃあ、偽りの自分じゃないと、人に好かれないんだ。

その時、そう思った。

たぶんこれが、今の私の根っこのひとつになってる💧


そして、いよいよ自分たちの代になりました。

でも同時に、長年バレー部の顧問だった先生が、

異動になってしまったんです。

代わりに来た先生は

野球の経験しかなくて。

バレーも、バレー部の顧問も

全部”未知”の先生だった😳


だからね。

その先生になってからは、

私が毎日メニューを考えて。

チームに指示を出して。

先生にも教えて。

そのうえで、自分のプレーも磨かなきゃいけない。

同級生は、私を入れて4人だけ🏐


正直、すごく1人で全部を背負わされてる感じだった。

今思えば、もっとみんなで相談しあいながら

やればよかったんだと思う。

でもその時の私は、もういっぱいいっぱいで。

とにかく、みんなのために。

バレー部が強くなるために。

私が考えなきゃ、やらなきゃ、先頭切って進まなきゃって。

泣き言を言ってる暇なんて、なかったんだよね😢


そんな中で迎えた、最後の大会。

思うようなバレーは、できなかった。

結果は、市内で3位。

そして……

最後の1点を、自分のミスで終えたの。


その瞬間。

「これで、バレー人生終われねぇや」

って、そう思った🔥

もっと、もっと上手くなりたい。

市立川越高校。

バレーの名門校に入って、もっと強くなってやる。

そう誓った、中学3年生の私でした✨


そしてここからが、不思議なんだけど。

私、なぜか強運で🍀

当時、中学の校長先生が、

市立川越高校の顧問の先生と、

なんと40年来の付き合いだったの。

高校の青春時代を、男子バレーで共にした先生同士👨‍🏫


そのご縁で、校長先生が口添えしてくれて。

「いい選手がいるから、頼むよ」とかなんとか、

言ってくれたみたいで。

市立川越高校の

顧問の先生の目にとまり

何とか、市立川越高校に入ることができたんです🌸


今思うと、ね。

なるようになってるんだなぁって、すごく感じる。

人を傷つけるのが怖くて、人と距離を置いた中学時代。

偽りの自分じゃないと好かれないんだって、知った日々。

ひとりで全部を背負って、

最後はミスで終わった、あの1点。

でも、全部つながって、

私を次の場所に運んでくれた🐘💕


その先の、高校バレーの物語は。

次のパート4で、たっぷりお話しますね💕✨

みほ🐘